「ラインの黄金」登場人物
神族  
大神ヴォータン
大神ヴォータン天上の世界に君臨する神々の王。妻の妹フライアを代償に壮麗なワルハラ宮殿を、巨人の兄弟につくらせる。
妃フリッカ

妃フリッカヴォータンの妻 結婚の女神。

フライア
美の女神。フリッカの妹。神々のために不老不死の実のなるりんごを育てている。
雷神ドンナー

雷神ドンナーフライアの兄。ハンマーを持つ勇猛な神。

光の神フロー

フライアの兄。地上から宮殿への虹の橋をかける番人。
知の神エルダ

過去、未来を自分の心の鏡に写すことができる。ヴォータンに指輪の呪いを予言する。
火の神ローゲ

火の神ローゲ半神半人。狡猾。

 

小人族  
アルベリッヒ
アルベリッヒ地下の夜の国ニーベルハイムに住む、ニーベルンゲン族の支配者。 富と権力の象徴であるラインの黄金を盗み出す。
ミーメ

アルベリッヒの弟。鍛冶屋。かぶると姿が消えるかくれ兜を作らされる。

巨人族  
ファーゾルト
ファーゾルト巨人の国リーゼンハイムに住む。好色で、美女フライアを代償に弟ファーフナーとともにヴォータンの宮殿を完成させる。
ファーナー
ファーナーファーゾルトの弟。富に対する欲が強い。

ラインの妖精3姉妹

三人姉妹の姉、ヴェルグンテ、2番目の姉、ヴォークリンデ、末妹フロスヒルテ。父に頼まれて、ライン川に眠る黄金の番をしている。
 
   
第1の歌

ライン川の水面を美しい三人姉妹の妖精が遊んでいます。
そこへ小人のアルベリッヒがやってきて、妖精を捕まえようとします。
「私の愛人になっておくれ」
妖精のひとりのヴォークリンデを捕まえようとしながら、アルベリッヒは叫びました。ヴォークリンデはスルリと身をかわしながら、逃げました。
「あんたには、つかまらないわよ」
するとアルベリッヒは姉さんのヴェルグンデに襲い掛かりました。
「まあなんて醜い男。私を好きになるとは、ずうずうしいわ」
すると末っ子のフロスヒルデが川のほとりの岩の上で、いたずらっぽく微笑みながら、ささやきました。
「まあなんてかわいそうなお方。わたしのほうへいらっしゃい。」

アルベリッヒアルベリッヒは
「ああなんてやさしい娘だ。いまいくよ。・・・あれいないぞ」
フロスヒルデは岩陰からすばやくあらわれると、アルベリッヒを後ろから突き飛ばしました。
アルベリッヒは水しぶきをあげて川の中に転げ落ちました。
三人の妖精はゲラゲラ笑いころげました。
アルベリッヒは悔しそうに水の中から顔を出すと
「畜生!いまにみていろ。必ずつかまえてやるからな。」
そこへ一筋の日の光が、川の面に差し込み、水底まで突き刺しました。すると川底がまばゆいばかりの小金色に光りだしました。
三人の妖精はうれしそうに歌いながら、手をつないで踊り始めました。
「ラインの黄金、ラインの黄金・・・・」
小人のアルベリッヒは聞きました。
「ラインの黄金ってなんだ?」
フロスヒルテは言いました。
「まあ、ラインの黄金を知らないの?お馬鹿さんね。ラインの黄金は無限の力があるの。このラインの黄金で指輪を作った人は、無限の力を得て、世界を自分のものにすることができるのよ。私たちは、お父さんから、この黄金をだれにも奪われないように番をしなさい、っていわれたの。だれかがこの黄金を奪おうとしたら、私たちの魅力で黄金を守れって」
「だめよ、しゃべっちゃ。」

あわてて姉たちはフロスヒルテの口をふさぎました。
しーっと口に手をあてた三人の妖精たちは、ぱっと水の中に散りました。
そしてまた集まってきて小人にいいました。
「どういう人にこの指輪が手にはいると思う?」
「愛を拒める人よ。」
「情欲の力を断ち切れる人よ。」
「そういう人だけがこの黄金を手に入れて指輪を作る魔力をもてるのよ。」
「だからあんたみたいに情欲のとりこには指輪なんかつくれるはずがないわ。」

アルベリッヒは言いました。
「そうか、この黄金で作った指輪なら、世界が俺のものになるのか。ようし、指輪を手に入れて、世界を我が物にし、俺を馬鹿にするやつらに目にものをみせてやる。」
アルベリッヒは水しぶきをあげながら川底へもぐり、ラインの黄金を探し始めました。
三人の妖精たちは心配そうに、その様子をみていました。
「あらら、醜い小人が川底を暴れまわっている。どうかしてしまったわ。」
アルベリッヒはようやく黄金を手にすると
「これで世界を我が物にしてやる。ほしいものはすべて手に入れてやる!」
アルベリッヒは黄金をもぎ取ると、すばやく川底へ姿を消してしまいました。
暗黒の中に取り残された三人の妖精は、不安におののきながら身を寄せ合ってなげきました。
「どうしよう。黄金が盗まれた!」
川底からアルベリッヒの笑い声がこだまして消えました。
 
第2の歌
巨人のファーゾルトとファーフナーライン川のほとりの岩山の上に、完成したばかりの大きな美しい城が聳え立っていました。
巨人のファーゾルトとファーフナーは神々の王ヴォータンに詰め寄っていました。
「ヴォータン様、お城を完成させました。お約束のとおり、おきさき様の美しい妹、フライアを私にくださいまし。」
ヴォータンの妻フリッカはヴォータンに
「あなたはなんとゆう恐ろしい約束をなさったのですか。それほどお城がほしいのですか。こんなにいたいけな、私の大切な妹フライアをこのような恐ろしい巨人に引き渡すなんて。あなたは血も涙もない。」
フライアの兄、雷の神、ドンナーは巨人たちをにらみつけ、
「とっととうせろ。さもないとこのかなずちで一撃するぞ!」
と叫びました。
ヴォータンはドンナーを制していいました。
「まあまあドンナー、そう怒るな。私はかれらに約束をしてしまったのだ。なにかてだてを考えよう。」
ヴォータンは巨人たちに困った顔をしていいました。
「なあ巨人たちよ。フライアを渡すわけにはいかないのだ。なにか別の代償にしてくれないかね。」
さらに妻に向かって小声で話しました。
「こんな約束を思い立ったのは、火の神のローゲなのだ。まったくいつになったらあいつはあらわれるのか。」
「まあ、あなた。ローゲはずるがしこく、いつも私たち、ひどい目にあっているではないの。なぜあんな男の言うことをきくの?それにフライアは不老不死のりんごの木を育てているわ。あのりんごを私たちは毎日食べているからとしを取らないのではないの。あれをたべられなくなれば、私たちも人間のように歳をとって死んでしまうわ。」
ローゲそこへ火の神ローゲが現れる。
ヴォータンは
「おそかったではないか。」
ローゲは言う。
「いやあ、大変なことがおきました。ラインの黄金をアルベリッヒという小人がぬすみだしたのです。」
「なに!それはたいへんだ。」

巨人たちは顔を見合わせて、
おれたちも、あの小人には散々ひどい目にあわせているからな。このままだと復讐されるぞ。」
そしてヴォータンに向かって言いました。
「それではだんな。ラインの黄金と指輪ならフライアとひきかえてもかまいませんぜ。それまではフライアを預かっときます。」
そういって、フライアを強引に抱き上げ、兄弟たちは巨人の国に帰っていきました。
ヴォータンは
「アルベリッヒから指輪と黄金を奪わなければ。」
そういうと、アルベリッヒを探しにローゲと出かけました。
 
第3の歌
ニーベルハイムの地下の洞窟の片隅で、小人のアルベリッヒは弟のミーメの耳を引っ張りながら叫びました。
「とっとと 俺の頼んだものを引き渡せ。」
「いたいよ、いたいよ。耳をはなしておくれ。完璧にできているかどうか、確認しているのだよ。」
「ねこばばする気だろう。とっとと出せ。」

アルベリッヒがミーメを揺さぶると、ミーメの懐から兜がポロリと落ちました。
「ほら、もうできているではないか。」
落ちた兜をすばやく拾うと、自分の頭に載せ、
アルベリッヒは呪文を唱えました。
するとたちまちアルベリッヒの姿は消えました。
「おいミーメ、おれがわかるか。」
「どこ、アルベリッヒ、まったく見えない」
「ほーらここだ、ここだ。」

暗闇のなか、鞭が躍り、ミーメは悲鳴をあげました。
「ヒーッ」
アルベリッヒは遠ざかりながら、うれしそうに叫んだ。
「これで、ニーベルンゲンは私のものだ。ニーベルンゲンの新しい王様のお出ましだ!」
ヴォータンアルベリッヒが去ってから、まもなくしてヴォータンとローゲがやってきました。
「ここがニーベルンゲンの国です。ヴォータン様。」
そこでミーメが倒れているのを発見して、ローゲは声をかけた。
「お前は小人のミーメ、どうしたのだ。」
ミーメは搾り出すように言った。
「アルベリッヒはラインの黄金で赤い指輪を作ったのです。その魔力の強さはすごいものです。だれもあいつにはさからえません。そしてわしらの仲間までもその力で脅して、新しい黄金を採掘させようとしているのです。それであいつは宝の山を築く、という算段でさあ。」
「ミーメよ、お前をたすけてやろう。アルベリッヒのところへ案内しろ」
「だんなたちはどちらのお方で・・・」

ミーメは疑り深そうな目をヴォータンたちに向けたが、この苦しみから逃れられるためなら、と彼らをアルベリッヒのところへ連れて行きました。

アルベリッヒはミーメを見つけると、
「なんだお前、まだ働きもせず、ぐずぐずさぼっていたのか。また痛い目にあいたいのか。」
とにらみました。
しかしミーメのあとから見慣れぬ、来訪者をみつけると
「なにかあっしにようですか?」
と尋ねました。
ヴォータンは口を開いた。
「ちかごろこの国では、アルベリッヒという男が不思議な力を振るっている、という話を聞いてね。是非その力を見たい、とおもってここへきたのだよ。」
アルベリッヒは叫びます。
「あんたたちがなにか悪巧みを考えていることは、こちらもお見通しだ。」
ローゲは言いました。
「なんと無礼なやつだ。われわれをだれだと思っているのだ。」
アルベリッヒは続けた。
「とにかく俺はなにも恐れん。たとえ天上の神々までもだ。おれの手下どもが積み上げた宝の山をみたか!あれで今日1日分だ。」
ヴォータンは言った。
「ほう、あんな宝の山は見たこともない。それは羨ましい限りだ。しかしこんな暗闇の洞窟のなかで、この宝の山はなんの役に立つのかね。ここには何の楽しみもない。これこそ宝の持ち腐れだね。」
アルベリッヒは目をむいた。
「この洞窟は宝を隠しておくのにもってこいなのさ。この宝を使って、この世を征服するのだ。天上の神々が悦楽に浸っている間にな。」
ヴォータンは激昂した。
「なんという不埒なやつ。消えてしまえ!」
ローゲは仲を割って、落ち着いて言った。
「まあまあまあ。それは大変なことだ。しかしどうやってお前はその宝をつかって世界を征服するのかね。お前が眠っているあいだに、お前の不実な子分たちが持ち逃げするとは限らんぞ。」
アルベリッヒは狡猾そうに笑うと
「ローゲ、お前は自分が一番賢いとおもっているようだが、おれはもっと賢い。よーく聞けよ。おれはミーメに魔法の兜を作らせたのだ。これをかぶれば何にでもなれる。姿をくらましたり、怪物になったりなんいでもなれるのだ。」

アルベリッヒローゲは驚くしぐさをしながら、
「ほー、それはすごいな。でもほんとかな。でまかせをいっているのではないのか。」
「ならば、よーくみておれ。」
アルベリッヒは兜をかぶると、大きな大蛇になりました。
「どおだ。のみこんでやろうか?」
ヴォータンはおおげさな身振りでおののいたふりをすると
「わかった、わかった、わしは飲み込んでもかまわないが、ローゲだけはたすけてやってくれ。」
といいました。
アルベリッヒローゲは
「しかしまあ、大きくなるのはそれほど難しいことではない。小さくなるほうが難しい。またなにかと小さくなるほうが、逃げるときなど、いざというときにも役に立つ。まさかお前は小さくなることはできまいな。」
「ふん、そんなのお安い御用だ。お望みのものはなんでもなってご覧に入れよう。」
「それでは、とても難しいのをひとつやってもらおうか。ヒキガエルにはまさかなれまないだろう。」
「それではごらんにいれよう。」

するとアルベリッヒはいきなり大蛇からヒキガエルに変身しました。
げろげろ、げろげろと得意げにとびはねていると、ヴォータンは
「そら捕まえろ!」
とヒキガエルに変身したアルベリッヒを捕まえると、兜を奪い、ぐるぐる巻きに縛り上げてしまいました。
「だましたな!」
「この兜も指輪も黄金ももらっていくぞ」
「この盗人!」
「なにが盗人だ!もともとこの黄金はお前がラインの川底から盗んだものではないか。」

笑いながら、ヴォータンとローゼはアルベリッヒを引き立てて天上界に帰って行きました。
 
第4の歌
「おお、おまえの家来どもがたくさんの宝物を運んできたぞ。兜も指輪も取り上げたし、もうなにもお前に用はない。とっととうせるがいい。」
アルベリッヒは縄を解かれると悔しそうに言いました。
「なんて卑怯なやつなのだ。まあいい。ひとつだけ教えてやる。この指輪にはのろいがかけられているのだ。その指輪をはめているものは、滅びる運命がまっているのだ。心の美しいものはそのような指輪はほしがらない。幸福なものはそんな指輪はもとめない。その指輪を手にしたものは、最後には富にも見放され、恨みと嫉妬をかい、やがて殺されるのだ。臆病者は自ら死の運命を選び、強欲なものは指輪の奴隷となって一生渇きにあえぎながらのたれ死ぬ。この指輪がまことの持ち主の俺のところに戻るまで、ヴォータン、お前を祝福してやろう。おまえがこののろいからのがれる道はない。」
ヴォータンは自分の指にはめた指輪に見入るばかりでした。
ローゲは少し心配そうに、ヴォータンにささやきました。
「あいつのいっていることは本当ですかね。」
「ふん、かってにわめかせろ。指輪をなくして、錯乱しているのだ。

そのとき、ヴォータンの妻フリッカがやってきて、
「巨人のファーゾルトとファーフナーがフライアをつれてやってきます。あなた巨人の望みのものを手にいれたのでしょうね。」
ヴォータンはフリッカに機嫌よさそうにいった。
「案ずるな、フリッカ。あいつらの望みはここにある。」
「まあうれしい。これでフライアを返してもらえるのね。」

巨人は口を開いた。
「ヴォータン様、私どもの望みのものはいただけるのですかね。フライアをつれてきました。」
「おおこれは欲の深いフォーゾルトとファーフナー。ほら、ここに黄金がたくさんあるぞ。どれだけほしいのだ。」
「いやあ、それはそれは、この美しいフライアを手放すのだ。フライアの姿を覆い隠すぐらいの黄金でないと、わしは慰められぬ。」

「ええい、欲の深い大男どもめ。黄金をフライアの横につみあげよ」
「さあ、これでよかろう。とっとと黄金を持って帰れ。」
「いやいやヴォータン様、まだでございます。兜と指輪までいただかないと、約束にはたりません。」
「いかん。兜はまだしも、この指輪は絶対に手放せない。」

そこへ一条の青い光が差し込むと知の神エルダが現れた。
「おやめなさい、ヴォータン。その指輪にはのろいがかけられているのです。その指輪にかかわっていると、いつの日かあなたは無残にも破滅することになるでしょう。あなたばかりだけでなく、神の国が滅びることになるのです。さあ、早くその指輪をすてなさい。」
ヴォータンはさも悔しそうに歯軋りをしました。
「ううん、おしいなあ。しかたがない。ほら巨人ども、兜も指輪もくれてやる。」
巨人の弟ファーフナーがそれを受け取ると、兄のファーゾルトはフライアを惜しそうに手放した。フライアは一目散に姉のフリッカのほうへ走り出しました。
ファーゾルトは弟に向かっていった。
「こら、指輪と兜をわしによこせ。」
弟のファーフナーは恐ろしい形相で、
「いやだ。兄さんは女を選んだ。おれは黄金を選ぶ。」
そういうとふたりは取っ組み合いのけんかをはじめました。
兄のファーゾルトのほうが力が強く、指輪を奪われてしまいました。弟のファーフナーは兄が指輪に見とれているところへ、鉄棒をつかむと、兄に一撃を食らわしました。そして指輪、兜、黄金を拾い上げると、兄の死体を見捨てて、悠然と巨人の国に帰っていきました。
ヴォータンはそれをみていて、
「うーん、指輪の恐ろしさがわかってきたぞ」
そこへフリッカがよりそい、
「さああなた新しい宮殿に入りましょう。」
虹の番人でもあるフリッカの兄のフローが
「私が橋をかけましょう。」
宮殿へ向けて一筋の虹の橋がかかると、ヴォータンをはじめ神々は宮殿へわたっていったのでした。
ひとりローゲは
「あいつらはなにもわかっていない。いっしょに滅ぶのは御免だ。」
といってひとり城へは渡りませんでした。
虹の下のライン川では妖精の3姉妹が悲しそうにラインの黄金の歌をうたっておりました。